支那大陸にある国の通称。現在は「中国」とも呼ばれるが、本来、日本語で中国とは日本の広島県周辺をいう。
例えば、東支那海(東シナ海)、南支那海(南シナ海)や、支那そば、などのように使われる。
これを著している現在、この土地に政府を置く国の国号は中華人民共和国である。
なお、支那・中国と一言で言っても、歴史に縦の繋がりはない。
新国家樹立後は、前の物を全て破壊するのが習わしである民族ゆえ、地理的に同じというだけで、国が違えば歴史も違う。「中国4000年の歴史」などというのは、現実にはハッタリである。
現在の中華人民共和国は、日本が大陸に進出したことで生まれたものである。
ゆえに、故・毛沢東 支那共産党主席は、「日本は支那の産みの母」とまで語ったと伝えられている。
語源は、古代支那大陸に勃興した王朝、秦朝(しんちょう、以下 秦)に基づく。
秦が強大な国家だったことから、中央アジアなどでここに住む人を「秦人」と呼んだ事が始まりとされる。
これがインドに伝わり、「シナ」ないし「チーナ」と変化し、インドで生まれた仏教が支那へ伝来した時にこの言葉も支那へ逆輸入され、発音を漢字表記して支那、脂那、震旦、などの漢字が当てられたことが、支那という名称の始まりである。
長い年月の間に他の表記はなぜかされなくなったようで、ほぼシナの漢字表記は「支那」に統一されたようだ。支那古典では、宋の時代の歴史を述べた『宋史』(そうし)に用例が見られる。つまり、支那というのは支那語である。
戦争中の一時期、支那が差別的に使われていた事があったという理由で、現在では過剰なほどの言論統制によって使用が妨げられているが、英語のChinaやSino-(Sinology、Sino-Japanese等)、フランス語のSino-のように国際用語でもある。
古くはインドの仏典にも登場するとされており、歴史的に定着した用語である。
戦争時の支那についても、当時の公式な呼称が支那以外になかったので、それを例にとって差別用語とするのには無理があるだろう。
当時、世界中の人がSinaやChinaと呼ぶ中、日本だけがシナと呼んではいけないという理由は、存在しなかったのである。