支那大陸の西部に位置する地域と、その地域にあるはずの国のこと。
国とはいっても国内に政府はなく、国連にも加盟していなければ地図にすらその名はない。なぜなら、現在は支那の共産党(以下、支共)により侵略され、支共はここは中華人民共和国の一部の「新疆ウイグル自治区」だとしているためである。
亡命政府はアメリカ合衆国のワシントンD.C.にあり、亡命政府は憲法で国号を「東トルキスタン共和国」としている。
この地域の詳細については、支那領としての視点からは「新疆ウイグル自治区」の項を、亡命政府が主張する独立国としての視点からは「東トルキスタン共和国」の項を、それぞれ参照されたい。
トルキスタンとは、トルコ人の住む地という意味である。元々、歴代の支那国家とは無関係の、トルコ系ウイグル族が暮らす地域であったが、18世紀になり満州族の王朝である清国(清朝)に侵略征服されてしまった。
1912(大正元)年になり辛亥革命によって清国が崩壊し、支那には中華民国が成立した。その後この地は中華民国新疆省となった。
やがて省主席が暗殺されてから様々な勢力が入り混じるようになり国内は混乱、その中でウイグル族(イスラム教徒)は再び国家再建に立ち上がり、1933(昭和8)年には「東トルキスタン・イスラム共和国」が、1944(昭和19)年には「東トルキスタン共和国」が建国された。両者は似た国名だが全く別の国であり、支配地域も異なる。加えて、いずれも東トルキスタンのごく一部を統治下に置いたのみで、やがて消滅することになる。
支那の内戦に勝利した支共が中華人民共和国建国を宣言後、かつての清国の領土を回復すべく、満州・内モンゴル・チベット、そして東トルキスタン(新疆)を次々と軍事侵略し、東トルキスタンは1955(昭和30)年に新疆ウイグル自治区となった。