失禁。フェチの一つ。多くの場合は「おしっこおもらし」をいうが、「大便おもらし」を愛でるフェチもいる。
これはいわゆるスカトロに属するフェチではあるが、実際にはおもらしとスカトロは全く趣向の異なるフェチである。
なぜならば、「おもらし萌え」というのは、そのシチュエーションに萌えるものだからであり、排泄物は主役ではない。
これは、おもらしに至るまでの我慢や、尿意に悶える様だとか、お漏らしする人の羞恥の感情や表情、行動など、そして遂に漏らしてしまった状況などを楽しむフェチなのである。
つまり排泄物そのものを愛でるスカトロと違い、「おもらしフェチ」では、排泄物がもたらす状況を記号化し、愛でる。
我慢だけでも充分であるが、最後に漏らすに越したこともない。そのような捕らえ方をされるフェチシズムである。
放尿や排便なら何でもいいかといえば、必ずしもそうではない。これが「おもらしフェチ」というフェチの特徴とも言える。
「おもらし」は変態的なフェチであり、それも飛び切りマイナーなフェチである。個々人のこだわりが強いフェチでもあり、掲示板等での談話でも、趣向が一致しない場合は口論にも発展する。従って、趣向ごとに住み分けがなされている。
概ね、次のような区分が可能と考えられる。
端から見れば「同じおもらし」であっても、下記する各分類の項目ごとに、それぞれ趣向は乖離しており、フェチ層は一致していないのである。
なお、上述のようにこだわりが強いため、更なる細分が必要とされるかもしれない。
それを踏まえた上で、「衣服に染み出す」、「足元に広がる水たまり」、あるいは、おもらしする場所や状況や服装などに萌えるわけである。
例えば、「恥じらい」の有無を考える。
この条件を必要とする場合では、フェチとしてのおもらしは、自らの意思に反した行為でなければならないとされる。恥ずかしそうに、あるいは涙目で、果ててしまう。これを良しとするわけである。
つまり「本人の意思に反して」、「どうしても我慢できず」というのが前提であり、これに「恥じらい」が加わることが重要である。
その一方で、笑顔でする痴女を良しとする層もいる。アダルトビデオなどにありがちな、下着を付けたままの放尿プレイなどは、概ねこちらに該当するだろう。
この両者が、同じ場所で仲睦まじくできるとは考えにくく、実際に掲示板等では、趣向が一致しないため住み分けがなされている。