第七代天皇陛下。御名は大日本根子彦太瓊尊(オオヤマトネコヒコフトニノミコト)。
生没は紀元前342年〜紀元前215年(在位は紀元前290年〜紀元前215年)。
欠史八代の一代で、実在しなかったとする説もある。
皇后は細媛命(クワシヒメノミコト)で、他に3柱の妃がいる。以下、名は日本書紀を主、古事記を従とする。
春日千千速真若比売は古事記にのみ書かれ、日本書紀には登場しない。代わりに紀では、皇后細媛命の異説として春日千乳早山香媛(カスガノチチハヤヤマカヒメ)が書かれている。
皇子は八柱が知られるが、異説等で更に多くの子が書かれる。うち皇后からの皇子は一柱である。うち(記)は古事記のみに登場する。
絙某弟との子、稚武彦命は桃太郎伝説の桃太郎とされ、後の日本武尊へと繋がる他、古代豪族吉備氏の始祖とされる。