ネット右翼

読み:ネットうよく
品詞:名詞

反日活動家、いわゆるサヨクが、自分の意見に反対する人(その多くは普通の一般大衆)に付けるレッテルの一つ。「ネットウヨ」「ネトウヨ」「熱湯浴」とも。類語多数。

自由な言論の場で自分の主張が通用しない人間が、反論のために苦し紛れに持ち出した妄想である。

右翼とはいっても、いわゆる右翼とは何の関係も無い。

はした金の給料で懸命に「飽きた寝る」などの工作書き込みをする工作員や、目に見えない敵と戦っている工作員たちにしか見えない「想像上の生き物」である。

結論を先に述べれば、ネット右翼=サヨク以外の全ての人(左翼含む)、である。

由来

プロ市民バカサヨなどと呼ばれる「反日活動家」は、それに対抗する言葉を求めた。その結論が「ネット右翼」だった。

かくして、彼らにとって都合の悪い者は、全てが「ネット右翼」である。

それでは逆に、ネット右翼認定されない人間はどんな人間なのか?という疑問がネットに渦巻くことになった。

基準は無い

行動プロセス

サヨクは嘘しかつかない。本気で討論すれば確実に負けるため、議論を嫌う傾向が強い。反論には限界があるため、正論での反論が困難になると人格攻撃に転ずる。

  • 情報源がある者は、情報源(ソース)を提示する
  • 解説力がある者は、論理で説明する
  • そのどちらも無い者が、レッテル貼りに終始する

それだけのことである。

自己満足

サヨクは、論者の人格批判をすることでしか、自身のアイデンティティを保つことが出来なくなった者であり、言論に敗れた負け犬の成れの果てである。

しかしそれでもサヨクは、ネット右翼という言葉を書いただけで、相手を論破したつもりになるようである。完全な思考停止である。

当該の政治的な件について、何か意見でも書けば良いのだが、それをするだけの能力が無いため馬鹿なことしか書くことができず、書いても突っ込まれて恥をかくことが分かっているため、結局レッテル貼りしかできないのである。

結論

つまり「ネット右翼」認定などは、議論が出来ないような頭の弱い人のすることである。

基準などは無く、自分に反対の者は全部がネット右翼なのである。

2ちゃんねるでは、あるスレッドでネット右翼認定して喜んでいた馬鹿が、別のスレッドでネット右翼と言われて切れていた、という報告もある。

観察

「ネット右翼」と呼ばれる状況を観察していると、どうやら支那朝鮮に都合の悪いこと(を書く人)は「右翼」であるらしい。

これを右と言うのであれば、明らかに中心軸がずれている。

これは右ではなく「リアリスト」(現実主義者)だからである。

今やネットが普及し、支那朝鮮の悪事は全世界に知れ渡ることとなっている。彼らも酷い現状は知っているはずであるが、それらを批判する「日本人」の方をまず叩こうとする。そんな彼らの正体は何なのか、これがネットワーカーの興味対象となっている。

その他、2ちゃんねるのチベットスレでチベット支持者がネトウヨと罵倒されている件を見ても、右翼思想をネット右翼と言っている訳ではないことは明白である。

また、日本人が日本を愛するのは当然のことで、国を愛することに思想の左右に無関係であるが、「日本が好き」と言う人は彼らから見れば確実に右翼となる。

用例

橋下知事のケース

例えば、2008(平成20)年3月24日付・日刊ゲンダイには、ITジャーナリストの井上トシユキが「橋下知事を支持しているのは、ネット右翼と呼ばれる層です。」と発言した旨が書かれている。

どうやら、「大阪府民の大半はネット右翼」ということであるらしい。やもすると、日本人の大半はネット右翼の可能性もある。

門真市のケース

国際テロリスト日本赤軍系と見られる新左翼新聞「人民新聞」のWebサイトに、2008(平成20)年5月10日付で「門真市会議員 戸田ひさよし」著とされる「「君が代」不起立で右翼けしかけた産経新聞外部リンク」なる記事が掲載された。曰く

ウヨ産経新聞・右翼・府教委による門真3中攻撃を許すな!

産経新聞と言えば、右翼全体主義偏向報道、それも歪曲・デマ・人権侵害報道の常習犯であり、ネットウヨ並みの程度の低さから「ウヨ新聞」と揶揄嘲笑されている新聞だが、今回の三月二七報道は、右翼煽りの政治目的丸出しの不純報道である。

過激派のアジビラでも、ここまでの低脳な文は(恥ずかしくて)書かない。

この記事をもって、普段「ネットウヨ」、「ネット右翼」という語を使う者がどういう層であるかを、一つ証明することになったのである。

沿革

黎明期

ネット普及以前、またネット普及黎明期には、論調は左傾的なものが多かった。今は新保守派が多い2ちゃんねるも、昔はサヨクの巣窟だったのである。

学校教育が左傾化している上に、情報は限られたものしか与えられてこなかったのだから、当然といえば当然である。

やがてネットが普及するにつれ、サヨクも時代や流行に合わせて掲示板やブログなどを用いて、自分の政治思想の発言をするようになった。

近現代

しかし時が流れ、ネットの利用者は飛躍的に増加した。ネットで得られる情報は指数関数的に増え、ネットではほぼ、どのような情報でも得られる時代となった。日本は情報鎖国から脱却しつつある。

このような時世になると、左翼的・反日的な発言をするブログなどには、次々と批判のコメントが殺到するようになったが、これに対して、サヨクは閉口した。

元々言い逃げ、書き逃げを基本としたサヨクにとって、反論が来るというのは精神的に大変厳しいものだったのである。

解決

サヨクには、被害妄想がある。

このため自分たちが攻撃され始めると、やがて「組織化されたネット右翼が集団で妨害行為をしている」と考えるようになった。これが、この語が普及する理由になったと考えられている。

こういった陰謀論で片付けようとするのもサヨクの思想的特徴であり、そして何かが起きた時は組織を動員して片付けるというのは、サヨクの行動手法そのままでもある。彼らの思考を、そのまま相手に投射したものといえる。

また、人格攻撃をすれば不都合な話題がうやむやになるだろうという計算があるが、加えて自分達にとって都合の悪い事を言う人やレスが続いた時に、憂さ晴らしにこの鳴き声を放つこともある。

コテコテの右翼とは違う

古典的な右翼は、かなり過激な発言や行動を時に取る。昔からやっている人が偉いので、その偉い人の下について団体を構成する、これが古典的な右翼である。

しかし、今広がる新保守的な世論は、そういった古典的な右翼とは考え方も行動も、全く異なっている。団体に属そうとはせず、問題の平和的解決を望み、解決は議論によろうとする。

こういった一般の、元々あまり政治思想とは無関係だった市井の人々は、ネットという媒体を得ることで(政治の)表舞台へ出ることが可能となった。これが、いま巷に新保守的な論調が広がり始めた最大の原因と考えられる。

このようにして、誰でもが語ることが可能になった、自由な言論環境がもたらした新しい保守層。それが「ネット右翼」の正体なのである。

ネット右翼認定をするような者は、基本的に議論の表舞台には絶対に出てこない。言論に敗れた負け犬の成れの果てに過ぎぬ彼らに、まともな知性など存在しないからである。

ごく一部のサヨクは、局自体が彼らの味方である朝日系(テレビ朝日)や毎日系(TBS)の、大幅な編集や司会の協力でサヨ側有利にする「似非討論番組」には出演する。

その一方で、無編集、ノーカットを公言する日本文化チャンネル桜の「ガチの討論番組」には、絶対に出演しない。

正論の討論は彼らの土俵ではなく、負ける喧嘩を彼らはしない、ということであるらしい。

従って、日頃「引きこもり」「ネット右翼」などとレッテルを貼る彼らは、一般の者より「ネットサヨ」と呼ばれている。

ネット世論を、あるいは普通の人々をネトウヨ、ネット右翼などと呼んで、ネット工作するしかやることが無い共産主義者は今や白い目で見られており、2ちゃんねるでもただの玩具に成り下がっている。