神武天皇

読み:じんむてんのう
外語:Emperor Jinmu
品詞:名,@神仏

第一代天皇陛下。御名神日本磐余彦(カムヤマトイワレヒコ)。

生没は紀元前711年〜紀元前585年(在位は紀元前660年〜紀元前585年)。

御略歴

  • 生没BC711-BC585
  • BC697-BC660 皇太子
  • BC660-BC585 神武天皇

日本書紀の一書では、幼名は狭野尊(サノノミコト)とされている。

神話・伝承によると紀元前697年に皇太子となる。

そして天皇に即位する前、東征をする。日向の高千穂を出て、東に向かい天下を平定する。そして、神武天皇元年元旦(紀元元年、紀元前660年2月11日、辛酉元旦)に大和橿原の宮で天皇に即位した。

即位後、神武天皇は鳥見山(とみやま)の山中に靈畤(まつりのには)を建立し、皇祖天神・高御産巣日神(タカミムスビノカミ)を祀ったとされる。

そして神武天皇76年3月11日(旧暦)(紀元前585年4月3日、新暦)に崩御して身を隠す。その後、畝傍山(うねびやま)へと葬られた。

現在、皇居宮中三殿の皇霊殿において、毎年4月3日には「神武天皇祭」が執り行なわれている。

皇后

皇后は第二妃の媛蹈鞴五十鈴媛命(ヒメタタライスズヒメノミコト、日本書紀)。古事記では比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)と書かれる女性である。

そして第一妃は阿比良比売(アヒラヒメ)である。

皇子

皇后(媛蹈鞴五十鈴媛命)との間には、皇子が3柱おられる。

  • 日子八井命 (ヒコヤイノミコト)
  • 神八井耳命 (カムヤイミミノミコト)
  • 神渟名川耳尊 (カムヌナカワミミノミコト、神沼河耳命、綏靖天皇)

また、日向での第一妃の阿比良比売との間にも皇子が2柱おられる。

  • 多芸志美美命 (タギシミミノミコト)
  • 岐須美美命 (キスミミノミコト)

うち、神渟名川耳尊が第二代天皇の綏靖天皇に即位することになる。

1 神武天皇 ‐ 2 綏靖天皇