第20号科学衛星「はやぶさ」。宇宙科学研究所(ISAS)(後のJAXA)が開発した探査機。
日本初、世界初の試みを数多く与えられ、それらを次々と実施し、日本初、世界初の偉業を次々と達成していった、日本が世界に誇る小惑星探査機である。
はやぶさは、イオンエンジンの噴出口をきちんと真後ろ向けるため、日本の惑星探査機としては初めて三軸安定方式を採用した。
姿勢制御用の噴射ロケットと、縦・横・奥行きの三方向用にリアクションホイールと呼ばれる弾み車による制御機構が搭載されている。
小惑星探査機でもあるが、実際は惑星間でイオンエンジン「μ10」の航行試験をする工学試験衛星であり、実証試験衛星機である。
しかし、それだけでは打ち上げても面白みに欠ける(?)ので、別に開発されたサンプルリターン技術と組み合わせた探査機を作り、打ち上げるに至った。
サンプルリターンに成功出来るかどうかは誰も分からないが、それはあくまでも余興。イオンエンジンで小惑星へ到達させることが探査機の主要な目的である。
エンジン以外の部分が、無謀というか異常な設計になっているのは、本来の目的ではないためと考えられる。
プロジェクト達成度は点数評価されている。
100点がエンジン1000時間稼働となっているのは、元々そのための試験衛星だからである。
2005(平成17)年2月18日に、軌道に於いて最も太陽から遠ざかる遠日点を通過した。
太陽との距離は1.7天文単位で、電気推進ロケット(イオンエンジン)を搭載した宇宙機としては、世界で最も太陽から遠い場所に到達した。
当初は2005(平成17)年6月にイトカワに到着予定だったが、2003(平成15)年10月から11月に掛けて発生した太陽フレアにより、「はやぶさ」は大ダメージを受けてしまった。この時、太陽電池の発生電力が大幅に低下したため、到着を3ヶ月延ばし9月に変更された。
「はやぶさ」のイオンエンジンは、電力で推進剤を加速している。太陽から離れたり、トラブルで太陽電池の発電量が少なくなっても、それに合わせてエンジンの出力を調整したり、4つあるエンジンの稼働台数を減らしたりして、発電力とのバランスを取ることができる。
イオンエンジンは、宇宙のような過酷な環境でも、その状況に合わせた、柔軟な運転が可能という魅力がある。
着陸本番を前に、2005(平成17)年11月4日にリハーサルが行なわれた。まず上空30mに近付いたときに、着陸の目印に使う反射板付きのボール、次いで小型探査ロボット「ミネルバ」を投下する予定だった。
2005(平成17)年11月4日04:17(3日@845)に地球からの司令により、イトカワからの高度約3.5kmより降下を開始した。この時点で、3機中2機の姿勢制御リアクションホイールが故障した中での運用であった。
姿勢と降下中の高度・速度の制御は、高度約700m付近まで順調だったが、自律航法機能の航法誤差が許容値を超えたため、2005(平成17)年11月4日12:30(@187)に地球から上昇指令を送信、リハーサル試験を中止することになった。
スラスタ噴射による姿勢制御で横方向に余分な推力が加わり、相対位置がずれたことが原因であった。
なお、この時点で地球と「はやぶさ」との距離は3億km以上。地球と電波による交信は、往復40分以上掛かる。着陸をラジコンのように操作することは不可能であるため、「はやぶさ」は自分で調べ、考え、そして与えられた指令を実行しようとするのである。
2005(平成17)年11月19日から20日早朝にかけ、「はやぶさ」はミューゼス海への着陸と、署名入りターゲットマーカを発射、サンプル採集を行なった。
2005(平成17)年11月20日05:46(19日@906)頃、署名入りターゲットマーカーの投下に成功、約88万人の名前が小惑星へと届けられた。破片採集についての成否は不明だが、約30分間着陸した。
しかし、朝6時頃、「はやぶさ」から送られてくる着陸中の情報が変化しなくなった。地球の管制室、「はやぶさ」を見守る多くの人に緊張が走った。
後のデータ分析により、2005(平成17)年11月20日06:10(19日@923)前に約10cm/sで着地(衝突)しており、二回バウンドして2005(平成17)年11月20日06:35(19日@940)頃から約30分に渡ってイトカワ表面に留まっていた。「はやぶさ」は、世界初の小惑星への軟着陸に成功していた。
2005(平成17)年11月20日06:58(19日@956)に地球からの指令で緊急離陸を行なうまでは安定に着陸を継続し、その後指令通り上昇していた。小惑星へ探査機を着陸させ、離陸させたことは世界初の快挙であり、「はやぶさ」は小惑星から離陸した、世界初の宇宙船となったのである。
2005(平成17)年11月末、各種トラブルに見舞われた「はやぶさ」は各種制御システムの大半が使えなくなり、地上との通信系統も停止した。そして、その復旧に尽力された。
2005(平成17)年12月に入り、通信系統の立て直しが徐々に成功したが、イトカワの試料採取の確認情報が失われており、「はやぶさ」が試料を取ることができたのかどうかは、未だに分かっていない。
更にその後、再び姿勢制御用の推進剤が漏れ出し、「はやぶさ」は姿勢を崩して回転状態に陥ったまま、翌年2006(平成18)年1月23日まで地球との通信を絶つことになる。
地上では、「はやぶさ」の復活を信じ、救出に向けての新たな計画を立て準備を整えていくことになった。
この時「はやぶさ」は、イトカワから約550kmの距離にあり、地球からの距離は約2億9000万km。イトカワから地球方向へ約5km/h(12km/hBeat)で漂っていた。
機体存在の確認用ビーコン信号が受信されたのは、着陸ミッションから年を越しての2006(平成18)年1月23日。ようやく通信が復旧したが、「はやぶさ」が知らせてきた状況は絶望的なものであった。機体のあちこちに燃料が漏れ出し、影響で温度が下がり各種機材が停止、そして燃料自体も無くなっていた。太陽発電された電気を貯めるバッテリーも、一部破損した。
唯一の救いは、イオンエンジンが無事で、触媒であるキセノンガスがまだ充分量残っていることだけだった。
まずは姿勢を復旧することが必要だったため、このキセノンガスで姿勢を整えるべく、運用チームは急遽、通信でプログラムを書き換えたのである。
2006(平成18)年1月23日にビーコン信号受信後、通称「1bit通信」で、機体の状況や、対応すべき命令をやりとりを開始した。
通信速度はアンテナの向きが重要であるため、より多くの通信ができるアンテナを地球へ向ける為の姿勢制御に力が注がれた。そして、8bpsのローゲイン、32bpsのミドルゲイン、4000bpsのハイゲインと徐々に回復していくが、回復作業は主にローとミドルで行なわれた。
次に、「はやぶさ」を地球に帰還させるため、イオンエンジンを真後ろに向ける必要があった。しかし、「はやぶさ」は着陸ミッションの時点で既に、3機中2機の姿勢制御リアクションホイールが故障している。かろうじて動くリアクションホイールはZ軸でしか使えない。
そこで本来とは用途は違うが、イオン推進用のキセノンガスを噴出させ、安定させることにした。元々そのような用途は想定されていなかったので、地上でプログラムを作り、3億km彼方の「はやぶさ」に送信した。元々、「はやぶさ」のキセノンガスは多めに積まれていたため、これが功を奏したのである。
とはいえ、このキセノンガスも無尽蔵ではない。地球に帰還させるためにも必要なので、その分を計算しながら節約せねばならない。そこで、姿勢制御には「太陽光圧」も使われた。
太陽光圧は日常馴染みのある圧力ではないが、太陽の光にも「押す力」がある。回転する「はやぶさ」が受ける太陽の光も計算に入れた上で、壊れてしまった本来の姿勢制御手段に代わり、
この三つを使い、三次元空間における姿勢制御に必要なXYZ軸への制御が行なわれたのである。
光圧に関しては、「はやぶさ」の表面反射面積のデータなどは無かったため、実地で実測しつつ行なわれた。これらの経験や実績も、今後多くの宇宙開発に貢献していくだろう。
試料採取の成否は不明のままだが、採取されているかもしれないイトカワの試料を帰還後に地球に届けられるカプセルの中に格納し、その蓋を閉じる為には、バッテリーによる電力が必要だった。ところが、「はやぶさ」はリチウムイオン電池にもダメージを受けていた。
11セルのうち4セルは完全放電に近い状態になっており、安易な充電は爆発の危険があった。7セルは正常だったが、しかし正常なセルにだけ充分な電圧で充電を行ない、危険な4セルには電気を送らない、といった機能は存在しなかった。そこで、本来は過充電防止用のバイパス回路をわざと接続し、それを経由した微弱電圧での再充電が考えられた。
これはメーカーとともに地上実験が繰り返され、実際に「はやぶさ」にプログラムを送信して検証した結果、実際にこの方法で再充電が可能だと判明した。そして、無事にカプセルは閉じられたのである。
リチウムイオン電池は、今ではノートパソコンや携帯電話などに当たり前に使われている。小型かつ高性能な特徴は人工衛星にも有効であるが、その反面、爆発事故なども起きているように運用がデリケートな電池でもある。
「はやぶさ」は、宇宙用に設計・製作されたリチウムイオン電池を搭載した、世界初の宇宙機である。今回のトラブルも、もちろん今後に活かされるだろう。
姿勢も安定してきて、太陽発電による電力も多く使えるようになった。そこで、機体内部に残っていると思われる、凍り付いた燃料や酸化剤を捨てる作業に移った。これは「ベーキング」と呼ばれる、機体を加熱してガスを排出する作業である。
このベーキングにより、新たな燃料や酸化剤ガスの噴出が生ずる危険性もある。最悪の場合には再び姿勢喪失、通信断絶もありうることから、慎重に作業が進められた。
そして危険な状態を脱した「はやぶさ」は、遂にイオンエンジンを再起動させ、地球に向かっての飛行を開始したのである。
「はやぶさ」はのイオンエンジンは、その稼働時間はもとより、対トラブル性、想定外の緊急運用への対応など、数々の素晴らしい功績を上げている。
復路の残りの軌道変換量は400m/s(346m/cBeat)を残すのみとなっている(2007(平成19)年10月18日の安定飛行移行による停止現在)。
「はやぶさ」は今、第一期の軌道変更を終え、リアクションホイールによる姿勢制御もイオンエンジンによる加速も停止し、地球に向けて安定飛行している。
今後、2009(平成21)年2月に動力飛行を再開し、2010(平成22)年6月に地球への帰還達成とカプセル切り離しが予定されている。
イトカワの試料が実際にカプセルに収められたかどうか、これは実際にカプセルの中を見るまでは、誰にも分からない。
にも関わらず、マスコミがセンセーショナルに「採取失敗」と報じた理由は、着陸ミッションの後に発生した通信途絶と、その最中に発生した各種のトラブルが主因である。
このトラブルで、「はやぶさ」の多くの機器は電気的にリセットされてしまい、一部の記録データは消えてしまっている。
復旧直後の通信では、「はやぶさ」は「ミッション全行程を正常に完了した」と伝えてきている。しかし、トラブル後に記録を解析したところ、試料採取のための弾丸発射を行なわせないコマンドが紛れ込んでいたことが判明した。両者は矛盾する。
もしこの記録が正しく、中止コマンドが機能していれば、弾丸は発射されず、正常な試料採取方法は実行されなかった事になる。
しかし反面、各種の詳細な記録がリセットされていることから、コマンドが実行されなかった可能性があり、またサンプラーホーンと呼ばれる採取時にイトカワに接地する部分が、加熱していた可能性が判明する。これは、弾丸が発射されたためではないか、とも考えられている。
弾丸の発射がもし無くても、「はやぶさ」は三度に渡り着陸を行ない、このサンプラーホーンをイトカワに接触させている。
軟着陸とはいえ、特に最初の着陸はバウンドしていることから、激突したと言っても過言ではなく、この時に舞い上がった粉塵がカプセルに入った可能性もある。
たとえ粉塵一粒であっても、その試料が採取され地球に届けられたら、それは史上初の快挙なのである。
その確認をするためにも、また試料を調べるためにも、「はやぶさ」の帰還は待望されているのである。
上述の通り、プロジェクト達成状況は点数評価されている。
さて、エンジンは2003(平成15)年6月25日に4基中3基の24時間連続稼働を開始し、その後目標の1000時間稼働を余裕でクリアした(1基は予備)。かくして目標到達100点を獲得した。
しかし、ここで終わらせないのが「技術者魂」なのであり、宇宙に夢を追い続ける男たちのロマンというものである。
2004(平成16)年5月19日に地球スイングバイに成功し、150点達成。
2005(平成17)年9月12日に遂にイトカワに到着し、200点を達成した。
到着まで、新型イオンエンジンを延べ26,000時間/台運転したうえ一台も故障していない点や、光学航法をほぼ完璧に実施した点、小惑星近傍で精密な探査機位置の誘導制御を実現させたことは、特筆すべき優れた成果である。三つのジャイロのうち二つまで故障しても工夫を凝らして小惑星に到達させた技術も誇るべきものがあろう。
その後、イトカワに対し2回の着陸を実行、うち一回の着陸でサンプル採取に成功したと考えられている。
現在は得点として、少なくとも300点に達していると考えられる。
ちなみに打ち上げ当初は目標の小惑星には名がなかった。そもそもイトカワ自体がサンプルリターンしたくなるほど科学的に重要というわけではなく、はやぶさの軌道に合う小惑星がたまたまこの小惑星であり、その小惑星にISASの要望で後からイトカワと命名されたわけである。
これによりはやぶさプロジェクトは、糸川博士の後輩たちが開発し、糸川博士の開発した戦闘機の名を与えられた探査機を、星になった糸川博士に見せに行くという、まことに壮大かつ夢とロマンのあるプロジェクトとなったのである。
しかもその師匠の顔面にビンタ(弾丸)を打ち込むという不敬極まりないオマケ付きである。