靖国神社

読み:やすくにじんじゃ
外語:Yasukuni Jinja
品詞:団体組織名

東京都千代田区にある神社。最寄り駅は九段下、市ヶ谷、飯田橋。

入口に立てられた社号標には「靖國神社」と書かれているが、常用漢字にない字が含まれるため、日常的には靖国神社と書かれている。

社号標
社号標

  • 所在地外部リンク: 東京都千代田区九段北3丁目1番地
  • 総面積: 99km²
  • 主祭神: 英霊
  • 御神体: 御鏡、御剣
  • 社格等: 勅祭社、別格官幣社
  • 創建: 1869(明治2)年
  • 例祭: 年2回
    • 4月21日〜23日 春季例大祭
    • 10月17日〜20日 秋季例大祭
  • 開門: 06:00
  • 閉門
    • 17:00 (1、2、11、12月)
    • 18:00 (3、4、9、10月)
    • 19:00 (5、6、7、8月)

由来

1869(明治2)年、戊辰戦争で斃れた人たちを祀るために明治天皇の思し召しによって創建されたとされる。

創建当時は東京招魂社と呼ばれたが、1879(明治12)年に靖国神社と改称され今日に至る。

戦前は戦勝祈念の場、国威高揚の神社であった。現在は特に大東亜戦争で、靖国で逢おうと言って散っていった約213万柱の英雄を祀るための神社となり、日本人にとって心情深い約束の場所となった。

神社の所属

靖国神社は神社本庁に属さない、独立した神社である。

戦後GHQによって宗教法人にさせられてしまったが、靖国は本来国体護持のための社で、いつかは国に返されねばならない。ゆえに特定の宗教法人に属さないのだ、とされる。

その代わり靖国神社は勅祭社で、天皇の勅使が参向し祭祀が執行される、数少ない神社である。

勅祭社は現在16社あるが、他の社が6年または10年に一度勅使が差遣されるのに対し、靖国神社には毎年、春秋二度の大祭に勅使が差遣されており、天皇からも破格の扱いを受けている。

祭神・御神体

靖国神社の御祭神は、神話の神ではなく国のために命を落とした戦死者である。これを英霊と呼んでいる。

英霊の名を記す書物を「霊璽簿」というが、これ自体は御神体ではない。

霊璽簿はあるが、英霊の遺骨位牌などは存在しない。神社は寺ではないのである。神社にあるのは、英霊の「御霊(みたま)」だけである。

祭神の調査

基本的には、大東亜戦争で散華された軍人はみな合祀されている。

自分の親兄弟、ないし祖父、曽祖父などが祭神であるかどうかを調べることも可能で、希望あらば参集殿の受付へ出向き、依頼の書類を書けば、一週間程度で返事が送られてくる(無料)。

返信される書面には、次の事項が記載される。

  • 英霊の名前(生前が山田太郎なら、英霊の名前は山田太郎命)
  • 一、階級
  • 二、所属部隊
  • 三、死歿年月日
  • 四、死歿場所
  • 五、死歿時本籍地
  • 六、死歿時御遺族
  • 七、合祀年月日

崇敬奉賛会(有料)に入会し、書類を書けば、豪華な装丁の「祭神之記」が送られてくる(無料)。

参拝者

年間参拝者は約600万人。初詣参拝者はこのうちで24万人前後とされる。

神社の広さからすれば、参拝者数は決して多いとは言えないが、それでも熱心な参拝者は徐々に増えている。

サンプルとして、靖国神社にとって1年で最も特殊な日、8月15日のおよその参拝者数を示す。この日はお盆にあたるが、平日の年もある。

  • 2000(平成12)年8月15日(火): (晴) 5万5000人
  • 2001(平成13)年8月15日(水): (晴) 12万5000人
  • 2002(平成14)年8月15日(木): (晴) 8万5000人
  • 2003(平成15)年8月15日(金): (雨) 不明
  • 2004(平成16)年8月15日(日): (雨) 不明
  • 2005(平成17)年8月15日(月): (曇→雨) 20万5000人(過去最高)
  • 2006(平成18)年8月15日(火): (晴) 25万8000人(過去最高) (小泉総理参拝)
  • 2007(平成19)年8月15日(水): (晴) 16万5000人
  • 2008(平成20)年8月15日(金): (晴) 15万2000人

第一鳥居〜参道

九段坂側の参道入口には、高さ25m・直径2.5m・重さ100トンの大鳥居(第一鳥居)がある。この鳥居は1974(昭和49)年に建立された。

第一鳥居
第一鳥居

その脇には社標が立てられている。

参道には左右に62基の石灯籠が整然と並べられている。

石灯籠
石灯籠

この参道はかつては「外苑」と呼ばれ、かつては競馬場だった。そして例大祭においては、競馬が余興として楽しまれていた。

大村益次郎像

参道の途中には大村益次郎の像がある。彼は長州出身で日本近代陸軍の創設者だが、兵制改革の際に反対派に暗殺された。

大村は1869(明治2)年、靖国の前身である東京招魂社の社地選定のため、ここ九段を訪れたとされる。もって靖国神社創健者の一人とされ、その功績をたたえられ、山田顕義伯爵らにより銅像建立が発議され、宮内省からの御下賜金により作製された。

彫刻師の大熊氏廣により11年の歳月を費やして作られたこの銅像は日本初の西洋式銅像であり、完成は1893(明治26)年のことだった。

夏の「みたままつり」の際には、この土台の上で「盆踊り」が催される。踊るのは「東京音頭」など。

第二鳥居〜神門

更に参道を歩くと、右手に休憩所、左手に駐車場と売店がある。

道路を挟んで更に歩くと、左手に大手水舎があり、そして神門の手前には高さ15mの青銅大鳥居(第二鳥居)がある。この鳥居は1887(明治20)年に建立された。

神門は神社の正門であり、1872(明治5)年に建立された。門には直径1.5mの菊の御紋章が付けられている。門は夜間は閉じられ、朝6時に拝殿の大太鼓が21回打たれる中で開門される。

第三鳥居〜拝殿

神門をくぐると、中門鳥居(第三鳥居)と拝殿が見える。

中門鳥居は何度か再建されている。木製の鳥居で、最近までのものは1975(昭和50)年に建立されたものだった。これも2006(平成18)年に建て替えられた。

拝殿は、本殿の手前に1901(明治34)年に建てられた殿舎で、1989(平成元)年に屋根の葺き替えが行なわれている。この社殿には常に、明治天皇の短歌(御製)が掲げられている。

拝殿前には概ねいつも参拝者がいる。変な人もたまに来るためか、大抵は警備の人が立っている。

参拝

社頭参拝は拝殿の手前で行なう。拝殿前には賽銭箱があり、ここに賽銭を投げた後、二礼二拍手一拝の一般的な作法で拝礼を行なう。

本殿への昇殿参拝の際には、一般人の場合、参集殿からこの拝殿内に入り、お祓いを受けた後で本殿へと脇の回廊を歩いてゆくことになる。

政治家などの偉い人の昇殿参拝の場合は、参集殿の隣の到着殿から中庭を歩き、本殿正面の階段を登ってゆく。

なお、天皇陛下にあらせられては、参道からまっすぐお歩き頂くことになる。つまり、拝殿前の賽銭箱は撤去され、拝殿の階段を上がり、中庭に降り、そして本殿正面の階段をお上がりいただくことになる。お帰りの際はその逆となる。

本殿〜霊璽簿奉安殿

本殿は1872(明治5)年の建造で、昭和の終わり頃に大修復が行なわれた。

拝殿が作られる前は本殿のみだったためか、神社建築としてはかなり大きなものとなっているのが特徴。

本殿の奥には1972(昭和47)年建造の霊璽簿奉安殿がある。これは一般には参拝できない社殿である。耐震・防火・防湿設計の、鉄筋コンクリート造の建物とされている。中には、和紙に記された祭神の名を綴じた「霊璽簿」2000冊余りが納められている。

境内社

本殿と靖国通りの間には二つの境内社がある。一般者は参拝できない。

本殿側が元宮で、道路側が鎮霊社である。

元宮は京都に建てられた小祠で、幕末に倒れた46柱の志士を祀ったものだった。これが1931(昭和6)年に靖国神社に奉納され、靖国の起源となった神社として祀られている。

鎮霊社は、全世界の戦没者を祀る神社で、1965(昭和40)年7月に創建された。

月次祭は毎月1・11・21日、永代神楽祭は毎日(ゆかりの日)執り行なわれる。

  • 1月1日 新年祭
  • 2月11日 建国記念祭
  • 2月17日 祈年祭
  • 4月21日〜23日 春季例大祭
    • 4月21日 清祓
    • 4月22日 当日祭
    • 4月23日 第二日祭
    • 4月23日 直会
  • 4月29日 昭和祭
  • 6月29日 御創立記念日祭
  • 7月13日〜16日 みたままつり
    • 7月13日 前夜祭
    • 7月14日 第1夜祭
    • 7月15日 第2夜祭
    • 7月16日 第3夜祭
  • 10月17日〜20日 秋季例大祭
    • 10月17日 清祓
    • 10月17日 臨時大祭
    • 10月18日 当日祭
    • 10月19日 第二日祭
    • 10月20日 第三日祭
    • 10月20日 直会
  • 11月3日 明治祭
  • 11月23日 新嘗祭
  • 12月23日 天皇御誕辰奉祝祭

概要

神社は「英霊を祀る」のが目的である。英霊には、感謝、慰霊、顕彰を行なう。

国家の命じた義務を命掛けで遂行し、国民の命を守った軍人やその関係者の霊を厚く弔い、感謝と尊敬、そして顕彰をすることを目的としている。

彼ら戦死者は一般の戦争被災者と違い自ら進んで戦地に赴く。その感謝を国がする。もってその国は独立国家として成り立つわけである。

英霊

国、国体を守るために散った方々の霊を英霊という。つまり戦死者に対する尊敬語である。

「私の命一つで国が助かるのなら、ぜひ使って下さい」という謙譲の美徳を持った方々が、ここに英霊として祀られている。

御祭神

  • 明治維新 7,751柱
  • 台湾征討 1,130柱
  • 西南戦争 6,971柱
  • 日清戦争 13,619柱
  • 北清事変 1,256柱
  • 日露戦争 88,429柱
  • 第一次世界大戦 4,850柱
  • 済南事変 185柱
  • 満州事変 17,176柱
  • 支那事変 191,250柱
  • 大東亜戦争 2,133,915柱

合計2,466,532柱 (2004(平成16)年10月17日現在)

8月15日

靖国神社は神社なので、神道に基づく神事や祭が催される。また桜の名所である靖国は、桜の季節には参道に人が殺到し、特設の花見会場も用意される。

しかし年間でたった一日だけ、他の日と明らかに雰囲気の違う特殊な日(異常な日)がある。それが8月15日戦歿者を追悼し平和を祈念する日」、つまり大東亜戦争(いわゆる太平洋戦争)停戦のためのポツダム宣言を受諾した日の翌日、昭和天皇の玉音放送のあった日である。

8月15日は神道にとって特別に意味がある日ではないため、神社も特別な神事は催していないが、この日は先祖の霊を弔おうと全国より参拝者が殺到する。参道には特設テントが立てられ日本会議主催「戦歿者追悼中央国民集会」が催される。

ちなみにこの日、神社周辺には各地より「街宣右翼」が集結して騒動を起こすため、最寄り駅(九段下)の中や外周辺や、神社の周辺には「機動隊」が大勢待機している。九段下駅から神社までの九段坂では、いろんな団体がチラシ配りに精を出している。

この、いつもと明らかに違う空気が楽しめるようになれば、恐らく靖国通である。

著名人の参拝等

靖国神社というのは日本人の心のみで支えられている神社であり、右翼左翼といった政治思想とは本来は無縁のものである。

毎年夏に催される「みたままつり」には「揮毫ぼんぼり」と呼ばれるものが献灯されているが、様々な著名人から奉納されている。

まんが家の小林よしのり、俳優の伊東四朗、仮面ライダーの藤岡弘、、絵本作家キヨノサチコの「ノンタンといっしょ」、力士の朝青龍や白鵬などに加え、小野田寛郎、渡部昇一、吉本興業の漫才師アホの坂田こと坂田利夫なども奉納している。

時代を遡れば、日本画の大家である横山大観の作品や、サザエさんの長谷川町子、喜劇俳優の古川ロッパ、弁士の徳川夢声などの著名人による作がある。

政治情勢

靖国神社は「国体護持のための神社」だったため、戦後は常に、国体破壊を目論む国内外の者達の攻撃対象となってきた。

靖国を取り巻く情勢と、関連する政治情勢を記す。天皇陛下の御親拝と首相の参拝は、続く項にて詳細を示す。

靖国問題前

停戦〜GHQ統治下
  • 1945(昭和20)年8月14日: 大東亜戦争停戦(ポツダム宣言受諾)
  • 1945(昭和20)年8月15日: 昭和天皇の玉音放送
  • 1945(昭和20)年8月16日: 軍への停戦命令
  • 1945(昭和20)年11月20日: 臨時大招魂祭、昭和天皇の靖国神社御親拝
  • 1946(昭和21)年4月28日: いわゆるA級戦犯容疑者28名の起訴状発表
  • 1946(昭和21)年5月3日: 特別法廷(旧陸軍士官学校大講堂)にて極東国際軍事裁判(東京裁判)開廷
  • 1948(昭和23)年4月16日: 極東国際軍事裁判(東京裁判)の審理終了
  • 1948(昭和23)年11月12日: 極東国際軍事裁判(東京裁判)判決(死刑7名、無期禁固16名、有期禁固2名、免訴3名)
  • 1948(昭和23)年12月23日: 東條英機ほか7名、巣鴨プリズン刑場で絞首刑(死刑執行)
  • 1948(昭和23)年12月24日: いわゆるA級戦犯容疑者17名釈放、裁判終了をGHQが発表
主権回復後(名誉回復まで)
  • 1952(昭和27)年4月28日: サンフランシスコ講和条約発効、日本の主権回復
  • 1952(昭和27)年6月9日: 戦犯在所者の釈放等に関する決議 (第13回国会 参議院本会議)
  • 1952(昭和27)年10月16日: 昭和天皇の靖国神社御親拝 (戦後初、神道指令後初)
  • 1952(昭和27)年12月9日: 戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議 (第15回国会 衆議院本会議)
  • 1953(昭和28)年8月3日: 戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議 (第16回国会 衆議院本会議)

ここで、いわゆる「戦犯」は名誉回復、「法務死」扱いとなる。

名誉回復後
  • 1954(昭和29)年10月19日: 昭和天皇の靖国神社御親拝(臨時大招魂祭) (戦後2回目)
  • 1955(昭和30)年7月19日: 戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議 (第22回国会 衆議院本会議)
  • 1956(昭和31)年4月19日: 厚生省引揚援護局「靖国神社合祀事務協力について」とする通知を発する
  • 1957(昭和32)年4月23日: 昭和天皇の靖国神社御親拝(春季例大祭) (戦後3回目)
  • 1958(昭和33)年12月: 全ての戦犯受刑者が釈放される
  • 1959(昭和34)年4月6日: 旧BC級法務死者346柱、靖国神社へ合祀
  • 1959(昭和34)年4月8日: 昭和天皇の靖国神社御親拝(臨時大招魂祭) (戦後4回目)
  • 1959(昭和34)年10月17日: 旧BC級法務死者479柱、靖国神社へ合祀
  • 1965(昭和40)年10月19日: 昭和天皇の靖国神社御親拝(臨時大招魂祭) (戦後5回目)
  • 1967(昭和42)年10月18日: 戦争裁判法務死者114柱、靖国神社へ合祀
  • 1969(昭和44)年10月20日: 昭和天皇の靖国神社御親拝(創立100年記念大祭) (戦後6回目)

靖国問題後

問題化準備中

朝日新聞が火の無い所に放火するまで。

  • 1975(昭和50)年8月15日: 三木武夫首相参拝、首相として初めて「私的参拝」と発言し憲法論議を起こす。
    • 以降、朝日新聞等のサヨク媒体がこぞって「私的・公的」「玉串料支払」等を問題化させた。
  • 1975(昭和50)年11月20日: 日本社会党、天皇陛下の御親拝の「公私」に難癖を付ける。
  • 1975(昭和50)年11月21日: 昭和天皇の靖国神社御親拝 (戦後7回目)
    • 日本社会党の噛みつきにも関わらず、御行幸
    • しかし以降、憲法問題により天皇の参拝が不可能になり、結果としてこれが最後となった。
  • 1978(昭和53)年10月17日: 旧A級法務死者(死刑7柱、獄死7柱)を昭和殉難者として靖国神社に合祀
    • この翌日、福田赳夫首相が参拝する。
  • 1978(昭和53)年10月23日: 日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約(日中平和友好条約)締結
  • (1979(昭和54)年〜1984(昭和59)年夏): この間、大平正芳(3回)、鈴木善幸(9回)、中曽根康弘(5回)が参拝
  • 1984(昭和59)年8月15日: 中曽根首相靖国参拝、「戦後の総決算」を標榜する。
問題化後、天安門事件まで
  • 1985(昭和60)年8月7日: 朝日新聞、靖国参拝を「中国は厳しい視線で凝視している」と掲載
  • 1985(昭和60)年8月11日: 人民日報、朝日新聞を引用して反靖国運動を開始
  • 1985(昭和60)年8月14日: 支共外務省「アジア各国人民の感情を傷つける」として参拝に反対、内政干渉開始
  • 1985(昭和60)年8月15日: 中曽根康弘首相、首相になってから10回目の参拝。
  • 1985(昭和60)年8月15日: 戦後40周年。支共が南京に「南京大虐殺記念館」設立
  • 1989(昭和64)年1月7日: 昭和天皇崩御
  • 1989(平成元)年6月4日: 天安門事件発生

これ以降、支共政府は反日を更に強める。

天安門事件以降
  • 1996(平成8)年7月29日: 橋本龍太郎首相、支共抗議後初の参拝。
    • 支共政府からの猛抗議で、以降の参拝は断念する。
  • 2001(平成13)年8月13日: 小泉純一郎首相の参拝 (首相になってから1回目)
  • 2002(平成14)年4月21日: 小泉純一郎首相の参拝 (首相になってから2回目)
  • 2003(平成15)年1月14日: 小泉純一郎首相の参拝 (首相になってから3回目)
  • 2004(平成16)年1月1日: 小泉純一郎首相の参拝 (首相になってから4回目)
  • 2005(平成17)年10月17日: 小泉純一郎首相の参拝 (首相になってから5回目)
  • 2006(平成18)年8月15日: 小泉純一郎首相の参拝 (首相になってから6回目)

天皇陛下の御親拝

天皇陛下の御親拝があれば、英霊の方々にとっても大変な喜びとなろうことは自明である。

戦後(1952(昭和27)年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効以降)だけでも、7回の御親拝があった。GHQ統治下の1回を含めれば8回である。

  1. 1945(昭和20)年11月20日 (GHQ統治下)
  2. 1952(昭和27)年10月16日 (以下、主権回復後)
  3. 1954(昭和29)年10月19日
  4. 1957(昭和32)年4月23日
  5. 1959(昭和34)年4月8日
  6. 1965(昭和40)年10月19日
  7. 1969(昭和44)年10月20日
  8. 1975(昭和50)年11月21日

しかし1975(昭和50)年11月21日の昭和天皇皇后両陛下の行幸を最後に御親拝は途絶えており、春秋の例大祭には代わりに勅使(天皇の御名代)が参向している。

これは1975(昭和50)年8月15日に三木武夫首相がいわゆる「私的参拝」をしたことが国会でも取り上げられ、政治問題と化したことに由来する。憲法上、政治に関れず、また私的な行為も不可能な天皇陛下からは、御親拝を仰ぐことが出来無くなってしまったからである。

政府の参拝

国家のために散った方々が祀られていることから、総理大臣が正装で参拝すべき神社とされる。

神社なので、基本的には4月の春季例大祭と10月の秋季例大祭に参拝するのが一般的だが、8月15日に参拝すると更に良いとされる。

歴代総理の靖国神社参拝

戦後、歴代総理の靖国神社参拝実績(14総理)は次のとおり。

強調されている日付は、支那や朝鮮からクレームが入った参拝を表わす。

東久邇宮稔彦王(1回)
1945(昭和20)年8月18日
幣原喜重郎(2回)
1945(昭和20)年10月23日
1945(昭和20)年11月20日
吉田茂(5回)
1951(昭和26)年10月18日
1952(昭和27)年10月17日
1953(昭和28)年4月23日
1953(昭和28)年10月24日
1954(昭和29)年4月24日
岸信介(2回)
1957(昭和32)年4月24日
1958(昭和33)年10月21日
池田勇人(5回)
1960(昭和35)年10月10日
1961(昭和36)年6月18日
1961(昭和36)年11月15日
1962(昭和37)年11月4日
1963(昭和38)年9月22日
佐藤栄作(11回)
1965(昭和40)年4月21日
1966(昭和41)年4月21日
1967(昭和42)年4月22日
1968(昭和43)年4月23日
1969(昭和44)年4月22日
1969(昭和44)年10月18日
1970(昭和45)年4月22日
1970(昭和45)年10月17日
1971(昭和46)年4月22日
1971(昭和46)年10月19日
1972(昭和47)年4月22日
田中角榮(5回)
1972(昭和47)年7月8日
1973(昭和48)年4月23日
1973(昭和48)年10月18日
1974(昭和49)年4月23日
1974(昭和49)年10月19日
三木武夫(3回)
1975(昭和50)年4月22日
1975(昭和50)年8月15日
1976(昭和51)年10月18日
福田赳夫(4回)
1977(昭和52)年4月21日
1978(昭和53)年4月21日
1978(昭和53)年8月15日
1978(昭和53)年10月18日
大平正芳(3回)
1979(昭和54)年4月21日
1979(昭和54)年10月18日
1980(昭和55)年4月21日
鈴木善幸(9回)
1980(昭和55)年8月15日
1980(昭和55)年10月18日
1980(昭和55)年11月21日
1981(昭和56)年4月21日
1981(昭和56)年8月15日
1981(昭和56)年10月17日
1982(昭和57)年4月21日
1982(昭和57)年8月15日
1982(昭和57)年10月18日
中曽根康弘(10回)
1983(昭和58)年4月21日
1983(昭和58)年8月15日
1983(昭和58)年10月18日
1984(昭和59)年1月5日
1984(昭和59)年4月21日
1984(昭和59)年8月15日
1984(昭和59)年10月18日
1985(昭和60)年1月21日
1985(昭和60)年4月22日
橋本龍太郎(1回)
1996(平成8)年7月29日
小泉純一郎(6回)
2001(平成13)年8月13日
2002(平成14)年4月21日
2003(平成15)年1月14日
2004(平成16)年1月1日
2005(平成17)年10月17日
2006(平成18)年8月15日

このうち、8月15日に参拝した実績は次の9回、5総理である。

  • 1975(昭和50)年 (三木武夫)
  • 1978(昭和53)年 (福田赳夫)
  • 1980(昭和55)年 (鈴木善幸)
  • 1981(昭和56)年 (鈴木善幸)
  • 1982(昭和57)年 (鈴木善幸)
  • 1983(昭和58)年 (中曽根康弘)
  • 1984(昭和59)年 (中曽根康弘)
  • 1985(昭和60)年 (中曽根康弘)
  • 2006(平成18)年 (小泉純一郎)

靖国神社参拝をしていない総理

戦後、歴代総理29名(現役である福田康夫を含む)の中で靖国神社参拝をしていない者は次の15名。任期を併記する。