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MS-DOSの頃に一時代を築いたファイラーツール「FD」の作者。このFDは、LHAやWTERMと並ぶ人気国産フリーソフトウェアの一つとされる。
他の作品に、高速ページャー/ファイラーの「MIEL」がある。こちらの人気も高かった。
かつてはフリーソフトウェアのことを無条件にPDSと呼んでいたマスコミに対しOLS(オンラインソフトウェア)と呼ぶよう啓蒙する活動などもしていた。プログラマーとしてのみならず、日本にソフトウェアの権利を打ちたてた人でもある。
またWindowsの時代になり、DOSの頃のように気軽にプログラミングして無料で配ることも難しくなった頃、作者を支援するため、ニフティサーブで世界初の「シェアウェア送金代行サービス」を実現させるための活動もしていた。なぜならWindows用のプログラミング言語やAPIの資料などは高価であり、また新たな勉強が必要な上に操作性を考えたりヘルプを作ったりする作業量の増加は、DOSの頃と比較にならなかったからである。
この結果、秀丸や秀Termといった有名なシェアウェアが次々登場したが、しかし本来の目的であり、これを維持すべく作り上げたシステムによって逆に「フリーソフトウェアの作者と、感謝しながら利用するユーザーとの間の絆」が薄れてしまった事は、非常に不本意なことであったに違いない。
2005(平成17)年10月になり、実は2004(平成16)年11月7日20:41(@528)に神奈川県綾瀬市綾瀬厚生病院にて脳腫瘍のため逝去していたことが判明し、ネットコミュニティーは大きな悲しみに包まれた。不確かな情報によれば満56歳没とのことである。
氏の遺品のパソコンにはWinFDがインストールされていたそうである。
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