通信用語の基礎知識 IPv4
戻る
参加者募集中

ノーベル平和賞

辞書:文化用語の基礎知識 文化編 (LBUNKA)
読み:ノーベルへいわしょう
外語:Nobel Peace Prize 英語 , Nobels fredspris スウェーデン語 , Nobels fredspris ノルウェー語
品詞:固有名詞
2011/07/27 作成
2014/10/11 更新

ノーベル賞の部門の一つ。アルフレッド・ベルナルド・ノーベルの遺言により設立された五部門のうちの一つ。

ノーベル平和賞は、ノーベルの遺言により「国家間の友愛、常備軍の廃止または削減、平和会議の開催と促進について、最もまたは最善の貢献をした者」に対して与えられる。

またノーベルは、この賞はノルウェー国会で選ばれた5人の委員会によって授与されるものとした。従って、他の賞はスウェーデンのノーベル委員会が決めるのに対し、平和賞だけはノルウェーの委員会が決める。

平和賞は団体での受賞も可能で、また複数回の受賞も可能である。更に、ノーベルが賞を与えたかったとは思えないような者がよく受賞している。

由来

物理学賞、化学賞、生理学・医学賞までは分かるとして、なぜ平和賞なのか。

ノーベル賞のうち、ノーベル平和賞とノーベル文学賞は本来、受賞すべきと一般には考えにくい人が受賞することがあるなど選考理由が曖昧であり、存在意義を疑う意見すらあるが、ノーベルがこの賞を作ったことには、理由があるとされる。

平和賞は、彼が好きだった女性が平和運動活動家だったから、と言われる。結果としてフられてしまったが、後に彼女はノーベル平和賞を受賞したそうである。他に、戦争の道具となるダイナマイトを作ってしまった反省から平和賞を創設した、とする説もある。

問題点

政治性

ノーベル賞の中では平和賞は別口で、かなり政治的な賞であり、また、金で買える賞だとも言われている。

他の賞は過去の功績に対して与えられるのが通例だが、平和賞は現在進行形の偉業などに対しても与えられうる。

例えば、南鮮の当時の大統領だった金大中は任期中にノーベル平和賞を受賞した。これは「金で買った」というのが定説であるが、より正しくは「国を売って買った」というのが実際であった。金で買えるとは言っても、多少の札束程度では買えないらしい。だからあの有名なカルト宗教の教祖様も、様々な賞や称号を得ながらノーベル平和賞だけは手に入れられないのである。

また戦争イケイケのオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したりしている。あまり戦争ばかりするなという趣旨で釘を刺されたのではないかと思われており、こういった政治的な理由でもノーベル賞を受賞することがある。

当事国では政治犯の受賞

平和活動家、民主活動家などは受賞者となりやすいが、そういった人物は当該国で政治犯として拘束されていることもある。

オシエツキー(1935(昭和10)年)、サハロフ(1975(昭和50)年)、アウンサンスーチー(1991(平成3)年)、劉暁波(2010(平成22)年)などが該当し、彼らは母国にて政治犯となっていたが受賞した。そして、その受賞の度に、当事国の政権から猛抗議や猛反発を受けている。しかし抗議や圧力には一切屈しない姿勢は当初より一貫している。

具体的な反応としては、オシエツキーの時はナチスドイツへの批判とし、ドイツは「ドイツ芸術科学国家賞」を創設した。

サハロフは、妻がソ連国外に、アウンサンスーチーは夫と息子がミャンマー国外に住んでいたため、それぞれが代理出席した。

劉暁波の時は、中華人民共和国初のノーベル賞受賞者にも関わらず喜ぶことは無く、中共政府は発狂。授賞式に参加しないように全世界に通告したほか、妻らの出国を中共が認めなかったため授賞式には関係者が誰も参加できず、彼が座るはずだった席に置かれた賞状とメダルの映像が世界中に配信された。これにより、平和を愛する地球人から、ますます支那人は嫌われることになったが、当の中共はノーベル平和賞に対抗して「孔子平和賞」を創設した。

団体名は受賞当時のもの。

日本人の受賞者

日本人の受賞者は一名のみ。

  • 1974(昭和49)年 ‐ 佐藤栄作 (東大 法学部独法科)

1900年代

  • 1901(明治34)年 ‐ ジャン・アンリ・デュナン(スイス)、フレデリック・パシー(フランス)
  • 1902(明治35)年 ‐ エリー・デュコマン(スイス)、シャルル・アルベール・ゴバ(スイス)
  • 1903(明治36)年 ‐ ウィリアム・ランダル・クリーマー(イギリス)
  • 1904(明治37)年 ‐ 万国国際法学会(IDI)
  • 1905(明治38)年 ‐ ベルタ・フェリツィタス・ゾフィー・フライフラウ・フォン・ズットナー(オーストリー)
  • 1906(明治39)年 ‐ セオドア・ルーズベルト(アメリカ)
  • 1907(明治40)年 ‐ エルネスト・テオドロ・モネータ(イタリア)、ルイ・ルノー(フランス)
  • 1908(明治41)年 ‐ ポントゥス・アルノルドソン(スウェーデン)、フレデリック・バイエル(デンマーク)
  • 1909(明治42)年 ‐ Auguste Marie François Beernaert(ベルギー)、Paul-Henri-Benjamin d'Estournelles de Constant(フランス)

1910年代

  • 1910(明治43)年 ‐ 常設国際平和局(IPB)
  • 1911(明治44)年 ‐ トビアス・ミカエル・カレル・アッセル(オランダ)、アルフレート・ヘルマン・フリート(オーストリー)
  • 1912(大正元)年 ‐ エリフ・ルート(アメリカ)
  • 1913(大正2)年 ‐ アンリ=マリー・ラ・フォンテーヌ(ベルギー)
  • 1914(大正3)年 ‐ なし
  • 1915(大正4)年 ‐ なし
  • 1916(大正5)年 ‐ なし
  • 1917(大正6)年 ‐ 赤十字国際委員会 [1回目]
  • 1918(大正7)年 ‐ なし
  • 1919(大正8)年 ‐ トーマス・ウッドロウ・ウィルソン(アメリカ)

1920年代

  • 1920(大正9)年 ‐ レオン・ヴィクトール・オーギュスト・ブルジョワ(フランス)
  • 1921(大正10)年 ‐ カール・ヤルマール・ブランティング(スウェーデン)、クリスティアン・ルイス・ランゲ(ノルウェー)
  • 1922(大正11)年 ‐ フリチョフ・ウェデル=ヤールスバーグ・ナンセン(ノルウェー)
  • 1923(大正12)年 ‐ なし
  • 1924(大正13)年 ‐ なし
  • 1925(大正14)年 ‐ サー・ジョセフ・オースティン・チェンバレン(イギリス)、チャールズ・ゲイツ・ドーズ(アメリカ)
  • 1926(昭和元)年 ‐ アリスティード・ブリアン(フランス)、グスタフ・シュトレーゼマン(ドイツ)
  • 1927(昭和2)年 ‐ フェルディナン・エドゥアール・ビュイソン(フランス)、ルートヴィッヒ・クヴィデ(ドイツ)
  • 1928(昭和3)年 ‐ なし
  • 1929(昭和4)年 ‐ フランク・ビリングス・ケロッグ(アメリカ)

1930年代

  • 1930(昭和5)年 ‐ ナータン・セーデルブロム(スウェーデン)
  • 1931(昭和6)年 ‐ ジェーン・アダムズ(アメリカ)、ニコラス・マレイ・バトラー(アメリカ)
  • 1932(昭和7)年 ‐ なし
  • 1933(昭和8)年 ‐ サー・ラルフ・ノーマン・エンジェル(イギリス)
  • 1934(昭和9)年 ‐ アーサー・ヘンダーソン(イギリス)
  • 1935(昭和10)年 ‐ カール・フォン・オシエツキー(ドイツ)
  • 1936(昭和11)年 ‐ カルロス・サアベドラ・ラマス(アルゼンチン)
  • 1937(昭和12)年 ‐ エドガー・アルジャーノン・ロバート・ガスコイン=セシル 初代セシル・オブ・チェルウッド子爵(イギリス)
  • 1938(昭和13)年 ‐ ナンセン国際難民事務所
  • 1939(昭和14)年 ‐ なし (第二次世界大戦のため)

1940年代

  • 1940(昭和15)年 ‐ なし (第二次世界大戦のため)
  • 1941(昭和16)年 ‐ なし (第二次世界大戦のため)
  • 1942(昭和17)年 ‐ なし (第二次世界大戦のため)
  • 1943(昭和18)年 ‐ なし (第二次世界大戦のため)
  • 1944(昭和19)年 ‐ 赤十字国際委員会 [2回目]
  • 1945(昭和20)年 ‐ コーデル・ハル(アメリカ)
  • 1946(昭和21)年 ‐ エミリー・グリーン・ボルチ(アメリカ)、ジョン・ローリー・モット(アメリカ)
  • 1947(昭和22)年 ‐ イギリス・フレンズ協議会(QPSW)、アメリカ・フレンズ奉仕団(AFSC)
  • 1948(昭和23)年 ‐ なし
  • 1949(昭和24)年 ‐ ジョン・ボイド・オア(スコットランド)

1950年代

  • 1950(昭和25)年 ‐ ラルフ・ジョンソン・バンチ(アメリカ)
  • 1951(昭和26)年 ‐ レオン・ジュオー(フランス)
  • 1952(昭和27)年 ‐ アルベルト・シュヴァイツァー(ドイツ出身、フランス)
  • 1953(昭和28)年 ‐ ジョージ・キャトレット・マーシャル(アメリカ)
  • 1954(昭和29)年 ‐ 国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR) [1回目]
  • 1955(昭和30)年 ‐ なし
  • 1956(昭和31)年 ‐ なし
  • 1957(昭和32)年 ‐ レスター・ボールズ・ピアソン(カナダ)
  • 1958(昭和33)年 ‐ Georges Charles Clement Ghislain Pire(ベルギー)
  • 1959(昭和34)年 ‐ フィリップ・ジョン・ノエル=ベーカー(イギリス)

1960年代

  • 1960(昭和35)年 ‐ アルバート・ジョン・ムンバイ・ルツーリ(南アフリカ)
  • 1961(昭和36)年 ‐ ダグ=ヒャルマル=アニェ=カール・ハマーショルド(スウェーデン、没後受賞)
  • 1962(昭和37)年 ‐ ライナス・カール・ポーリング(アメリカ)
  • 1963(昭和38)年 ‐ 赤十字国際委員会 [3回目]、赤十字社連盟
  • 1964(昭和39)年 ‐ マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(アメリカ)
  • 1965(昭和40)年 ‐ 国際連合児童基金(UNICEF)
  • 1966(昭和41)年 ‐ なし
  • 1967(昭和42)年 ‐ なし
  • 1968(昭和43)年 ‐ ルネ・カサン(フランス)
  • 1969(昭和44)年 ‐ 国際労働機関(ILO)

1970年代

  • 1970(昭和45)年 ‐ ノーマン・アーネスト ボーローグ(アメリカ)
  • 1971(昭和46)年 ‐ ヴィリー・ブラント(ドイツ)
  • 1972(昭和47)年 ‐ なし
  • 1973(昭和48)年 ‐ ヘンリー・アルフレッド・キッシンジャー(アメリカ)、レ・ドゥク・ト[黎德壽](ベトナム、受賞辞退)
  • 1974(昭和49)年 ‐ ショーン・マクブライド(アイルランド)、佐藤栄作(日本)
  • 1975(昭和50)年 ‐ アンドレイ・ドミトリエヴィッチ・サハロフ(ソ連)
  • 1976(昭和51)年 ‐ ベティ・ウィリアムズ(北アイルランド)、マイレッド・コリガン=マグワイア(北アイルランド)
  • 1977(昭和52)年 ‐ アムネスティ・インターナショナル(AI)
  • 1978(昭和53)年 ‐ ムハンマド・アンワル・アッ=サーダート(エジプト)、メナヘム・ベギン(イスラエル)
  • 1979(昭和54)年 ‐ マザー・テレサ(インド)

1980年代

  • 1980(昭和55)年 ‐ アドルフォ・ペレス・エスキベル(アルゼンチン)
  • 1981(昭和56)年 ‐ 国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR) [2回目]
  • 1982(昭和57)年 ‐ アルバ・ライマル・ミュルダール(スウェーデン)、アルフォンソ・ガルシア・ロブレス(メキシコ)
  • 1983(昭和58)年 ‐ レフ・ヴァウェンサ(ポーランド)
  • 1984(昭和59)年 ‐ デズモンド・ムピロ・ツツ(南アフリカ)
  • 1985(昭和60)年 ‐ 核戦争防止国際医師会議(IPPNW)
  • 1986(昭和61)年 ‐ エリ・ヴィーゼル(ルーマニア出身、アメリカ)
  • 1987(昭和62)年 ‐ オスカル・ラファエル・デ・ヘスス・アリアス・サンチェス(コスタリカ)
  • 1988(昭和63)年 ‐ 国際連合平和維持軍(UN Peacekeeping Forces)
  • 1989(平成元)年 ‐ ダライ・ラマ14世(チベット亡命政府)

1990年代

  • 1990(平成2)年 ‐ ミハイル・セルゲーエヴィチ・ゴルバチョフ(ソ連)
  • 1991(平成3)年 ‐ アウンサンスーチー(ミャンマー)
  • 1992(平成4)年 ‐ リゴベルタ・メンチュウ・トゥム(グアテマラ)
  • 1993(平成5)年 ‐ ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ(南アフリカ)、フレデリック・ウィレム・デクラーク(南アフリカ)
  • 1994(平成6)年 ‐ ヤーセル・アラファート(パレスチナ)、シモン・ペレス(イスラエル)、イツハク・ラビン(イスラエル)
  • 1995(平成7)年 ‐ 科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議、サー・ジョセフ・ロートブラット(イギリス)
  • 1996(平成8)年 ‐ カルロス・フィリペ・シメネス・ベロ(東ティモール)、ジョゼ・ラモス=ホルタ(東ティモール)
  • 1997(平成9)年 ‐ 地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)、ジョディ・ウィリアムズ(アメリカ)
  • 1998(平成10)年 ‐ ジョン・ヒューム(北アイルランド)、デヴィッド・トリンブル(北アイルランド)
  • 1999(平成11)年 ‐ 国境なき医師団(MSF)

2000年代

  • 2000(平成12)年 ‐ 金大中(南鮮)
  • 2001(平成13)年 ‐ 国際連合(UN)、コフィー・アッタ・アナン(ガーナ出身、国際連合事務総長)
  • 2002(平成14)年 ‐ ジェームス・アール "ジミー" カーター・ジュニア(アメリカ)
  • 2003(平成15)年 ‐ シーリーン・エバーディー(イラン)
  • 2004(平成16)年 ‐ ワンガリ・マータイ(ケニア)
  • 2005(平成17)年 ‐ 国際原子力機関(IAEA)、モハメド・エルバラダイ(エジプト)
  • 2006(平成18)年 ‐ ムハマド・ユヌス(バングラデシュ)、グラミン銀行(バングラデシュにある銀行)
  • 2007(平成19)年 ‐ アルバート・アーノルド "アル" ゴア・ジュニア(アメリカ)、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)
  • 2008(平成20)年 ‐ マルッティ・オイヴァ・カレヴィ・アハティサーリ(フィンランド)
  • 2009(平成21)年 ‐ バラク・フセイン・オバマ・ジュニア(アメリカ)

2010年代

  • 2010(平成22)年 ‐ 劉暁波(中華人民共和国)
  • 2011(平成23)年 ‐ エレン・ジョンソン・サーリーフ(リベリア共和国)、レイマ・ボウィ(リベリア共和国)、タワックル・カルマン(イエメン共和国)
  • 2012(平成24)年 ‐ 欧州連合(EU)
  • 2013(平成25)年 ‐ 化学兵器禁止機関(OPCW)
  • 2014(平成26)年 ‐ マララ・ユサフザイ(パキスタン)、カイラシュ・サティーアーティ(インド)

コメントなどを投稿するフォームは、日本語対応時のみ表示されます


KisoDic通信用語の基礎知識検索システム WDIC Explorer Version 7.03 (16-May-2019)
Search System : Copyright © Mirai corporation
Dictionary : Copyright © WDIC Creators club