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ドイツ軍の西部攻勢作戦がベルギー軍に知れてしまった事件。
同日夕刻、ベルギー国王がオランダ女王と電話で長いこと話し合ったことがハーグのドイツ大使館付空軍武官より報告された。これにより、同計画書が敵の手に落ちたことが、ドイツ側にも明白となった。
ヒトラーは当初、直ちに作戦を実行しようとしたが、そこに丁度以前聞かされていたマンシュタインの立案した作戦計画を思い出した。
この作戦は連合国側の手に落ちた「第一次黄色作戦」とはまったく異なる作戦だったため、敵の裏をかけると喜び、当初のに替わって採用することを命令した。
ドイツ軍の作戦計画は、一部焼失してはいたものの重要なところは殆ど焼け残っていた。その写しはベルギー軍から英仏両政府に送られたが、両軍事当局はこの書類は自分たちを欺くドイツ軍の謀略だと判断した。
しかし、ベルギー軍を警戒させ、英仏軍と密接な関係へと追いやるような謀略をドイツ軍がしても利益が無い。何より奇妙なことは、この事件が事故であれ謀略であれ、ドイツ側がこの作戦計画とは異なる作戦計画で攻勢をかけてくることは間違いないにも関わらず、何らの対策も講じなかった。
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