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黄泉の国の物語

辞書:文化用語の基礎知識 民俗学東洋・神道編 (LFOLKES)
読み:よみのくにのものがたり
品詞:名詞
2005/10/20 作成

日本神話のうち、伊邪那岐命(イザナギノミコト)が死んでしまった妻の伊邪那美命(イザナミノミコト)を追って生きたまま黄泉の国へ行く所から、命からがら逃げ帰って天照大神を生むまでの物語。ここでは、伊邪那岐命の成長と、それに伴う三貴子の出現が語られる。

伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)は兄妹であり、結婚して夫婦の交わりにより国土や数多くの神を生んだ。

ところが、伊邪那美命は火神を産んだ所で、陰部を焼かれて死んでしまった。伊邪那岐命はその死を大変に悲しみ、捕らえた我が子である火神を切り捨てた後、黄泉の国まで、わざわざ伊邪那美命に逢いにでかけたのである。そして御殿の戸を挟んで向かい合い帰るよう説得をする。だが伊邪那美命は既に黄泉の国の食べ物を食べてしまった(黄泉戸喫)ため、戻ることはできなかった。

しかし懇願する夫を見兼ねた伊邪那美命は、黄泉の国の神に戻る方法を尋ねてみるので、その間私の姿を見ないで欲しいと告げ、その場を去った。だが伊邪那岐命は待ちきれず黄泉の国の御殿に入り、そこで伊邪那美命の姿を見てしまったのである。その姿たるや、何と腐った体に蛆虫が集り、その体から生まれたと思われる八体の雷神が纏わり付いた恐ろしいものであった。流石にこれでは百年の恋も雲散霧消。

伊邪那岐命はあまりの恐ろしさに堪え兼ね逃亡を決意、伊邪那美命は恥ずかしい姿を見られたことに激怒し、追っ手として黄泉醜女(ヨモツシコメ)を向かわせた。黄泉醜女に追われた伊邪那岐命は髪飾りを取り投げた。すると野葡萄となり、黄泉醜女がそれを食べている間に逃げ距離を広げた。しかしまだ追ってくるので、次は櫛の歯を折って投げると筍となり、黄泉醜女が抜いている間に逃げ距離を広げた。しかし、伊邪那美命は自分の体についた八体の雷神や黄泉の国の軍を追っ手に向かわせた。

伊邪那岐命は十握剣を抜き後ろ手に振って逃げ、遂に黄泉比良坂まで逃げ切った。そしてここに生っていた桃の実を三つ投げると、その霊力で黄泉の軍は退却した。この時桃の神は伊邪那岐命に意富加牟豆美命(オオカムズミノミコト)と名付けられた。

最後に追ってきた妻の伊邪那美命を遮るため、黄泉比良坂に巨大な石を置いた。この石が、この世とあの世を隔てる石になったと言われる。そして石を挟み、二柱は離別の言葉を交わす。伊邪那美命は、こんなことをするのなら私はあなたの国の人間を一日千人殺しますと述べ、伊邪那岐命は、それなら私は一日に千五百の産屋を立てる、と答えた。

こうして伊邪那美命は死の世界へと誘う死を司る黄泉津大神となり、そしてこの夫婦喧嘩から、日本では一日に必ず千人が死に、必ず千五百人が生まれるようになったのである。

この激しい離婚劇の後、黄泉の国から命からがら生還を果たした伊邪那岐命は、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原の沼で身を清めるために禊ぎ(みそぎ)をする。この時に、左目を洗った時に天照大神(アマテラスオオミカミ)、右目を洗った時に月読命(ツクヨミノミコト)、鼻を洗った時に須佐之男命(スサノオノミコト)が生まれた。

物語の見所: この物語でようやく、神道と神話において重要な神である天照大神が誕生する。重要な神が最初ではなく今さら登場することになる理由は「伊邪那岐命の成長」により「伊邪那岐命が天照大神を産む資格を得ること」が重要だからである。

まず伊邪那岐命は、妻に対する愛ゆえに、次々としてはならないことを繰り返している。我が子を殺したり、生きたまま黄泉の国へ行ったり、死者をこの世に連れ戻そうとしたり、見てはならないと言われた姿を見たりしている。そしてその逃亡劇の途中、伊邪那岐命は成長を遂げ、遂に黄泉比良坂に大きな石を置き、自ら生と死のけじめを付けたのである。そして妻に1000人殺すと言われた時、妻をこのような事にした責任は禁忌を犯した自分自身にあったため、ならば1500の産屋を立てようと反論している。これも一つのけじめである。ちなみに、人の死の原因を語る神話はよくあるが、それに対抗する日本神話のような展開は世界にも類例が殆どない。

そして黄泉の国から戻り成長を遂げた伊邪那岐命は、自分が黄泉の国へ行き「穢れた」ことも理解できるようになった。それすら理解できず闇雲に黄泉の国へ行ってしまった頃とは大違いである。これをもって愛だけではなく、条理も理解できるようになった伊邪那岐命から、遂に天照大神が産まれ出るわけである。産まれた場所も細かく記されているが、ここまで細かく神の出現が語られているのは日本神話の中では他に類例が無く、それだけ重要な神であるということを物語っているのである。つまり、成長によって天照大神を産む資格を得るまでが描かれた物語であるともいえる。

この物語は、次の「高天原の物語」へと続く。

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